浅賀新平とは?

 

 

こんにちは!

このページでは

プロスノーボーダー浅賀新平の

プロフィールと

今日に至るまでをご紹介!

プロフィール

PROSNOWBOARDER

浅賀新平(SHIMPEI ASAGA)

1990年5月7日生まれ(28歳)

牡牛座のA型の身長176cmの67kg

東京都杉並区出身

駒澤大学経営学部卒業

THE DAY JAPAN代表

杉並区公式 すぎなみ観光大使(2018年度)

好きな言葉:自分が生まれなかったら生まれなかったものが自分を生む。

K2 snowboarding

OceanPacific

VONZIPPER

 

 

 

雪番長

 

ICE TUNE FACTORY

HEAVENSTORE.

無もん

 

生い立ちについて

​1990年5月7日誕生

東京都杉並区の小さな病院で生まれた。3200グラムを超える大きめの男の子。

地元の幼稚園に入園

楽しい幼稚園生活を送る。

しかし、気が弱く女の子に泣かされてしまう程だった。

地元の小学校に入学

小学4年生頃に現在の性格の基盤ができる。

小6の時にパワハラしてくる先生を背負い投げしてしまう。

地元の中学校に入学

中学校はサッカーに没頭、人生の良き友人達とも出会う。

生徒会や行事の実行委員なども積極的に務めた。

順風満帆の楽しい3年間を過ごした。

高校受験失敗

受験した全ての高校に落ちて行く高校がなくなる。

その後、駒澤大学高校の2次募集に合格し高校浪人を回避。

駒澤大学高校入学

順風満帆の高校生活が待ってると思いきや、学校の方針や友達との価値観が合わず、常に1人行動するつまらな過ぎる高校1年生を過ごす。

高校2年のクラス替えるを機に学級委員になる。

つまらない高校生活を根底から変えるべく改革を始める。

改革が実り楽しい時間を過ごすことができた。

自分の環境は自分で手に入れるしかないと学ぶ高校生活だった。

しかし、成績不振により大学への内部進学は厳しい状況。

最後のテストでクラス1位を連発して滑り込みで…

第一希望だった。。。。

駒澤大学経営学部経営学科入学

駒澤大学高校から内部進学にて経営学部に入学。

大学で学んだ事は友情!!

その一言に尽きる。

単位ギリギリだったけど4年間で卒業。

ノート見せてくれた方々には頭が上がらない。

学生生活では様々な友達に出会い、笑い、泣いた。

たくさんの最高の友達のおかげで様々な価値観

仲間の大切さ

そして、生きるとは何か?を事を学んだ。

ありがとう。

スノーボードについて

小学校2年生でスノーボードに出会う。

最初は全然できずつまらなかった。スキーに戻りたいとずっと思っていた

プロスノーボーダーの滑りを見て衝撃を受ける。

11歳頃、親父が見つけてきたスノーボードショップのツアーに参加しプロスノーボーダーの滑りを見て衝撃を受けた。ボード1枚でこんな凄い事ができるんだとその衝撃は今でも鮮明に覚えている。そしてみんなカッコよすぎた。

プロスノーボーダーになりたい。

親父とスノーボードに行った時、リフトで将来の話を親父と話してた時にふと俺はプロスノーボーダーになる!と思いついた。今でもなぜそう思ったかはわからない。

中学はサッカーで体力をつける

プロスノーボーダーになりたいと思ったものの生まれたのは東京都杉並区。雪とは全くの無縁である。高校からはスノーボードを本格的に始めると決め、中学では小学校からやっていたサッカーを続け体力作りに励んだ。

高校選びに苦戦…

高校生からスノーボードを本格的にスタートするためスノーボード部がある北海道の高校やスノーボード専門学校の見学も行ったが良いところが見つからず。。

まさかの毎日スノーボード!

室内ゲレンデのスノーヴァ溝の口の存在を知る。偶然にも駒澤大学高校から近く、放課後に毎日スノーボードの練習ができた。東京にいながら毎日スノーボードができるなんて奇跡だと思った。

大会優勝とBIGKICKER SESSION MVP獲得

高校3年生の時ハーフパイプの大会優勝と尾瀬戸倉で開催されたBIG KICKER SESSIONでプロに混じってMVPを貰った。

SURGE SNOWBOARDとHEAVENSTOREとスポンサー契約

大学入学直後、上記の結果を経てスポンサー契約をした。

プロスノーボーダー1年生にもなった。

懐かしき19歳の時の映像。

大学生にスノーボードを楽しんでもらいたくて

プロスノーボーダーと大学生という立場を活かし

大学生にスノーボードの楽しさを伝えるべく

学生限定スノーボードバスツアーイベント

CAMPUS ON SNOWを設立

4年間イベントを開催し

多くの大学生にスノーボードの魅力を伝えた。

 

 

大会はハーフパイプからのスロープスタイル

高校生から22歳頃まではハーフパイプをメインに。

その後はスロープスタイルに転向

THE SLOPEに3年連続出場など

現在も貪欲に大会出場中!

表現活動!!

スノーボードプロダクションFANTASISTA MOVIE2作品に出演!

2012年【LIVE AND RIDE】 

2013年【PISTACHIO】

2013年試写会@ブエノス

撮影のノウハウを教えて貰った。自分にとってかけがえのない2年間を過ごした。

THE DAY JAPAN設立

自分の表現の場は自ら創るべく

スノーボードプロダクションTHE DAY JAPANを

カメラマン柳田ケンイチロウとスタート。

表現活動を精力的に行っている。

写真は2018年9 月8日開催 THE DAY JAPAN上映イベント

詳しくはHPより。https://thedayjapan.com

海外に広がる

海外メディアに写真が掲載され、アメリカ最大の撮影コンテストのSUPER PARKにSNOWBOARDERMAGAZINEより招待され活動を海外に広げる。

地元、杉並区のメディアに掲載

スノーボード以外のメディアにも掲載されるのはとても嬉しい。

https://www.suginamigaku.org/2017/01/asaga-shimpei.html

すぎなみ観光大使就任

大好きな地元の観光大使になれて心底嬉しかった。

怪我について

肘脱臼

20歳の時にハーフパイプにて新技練習中に肘脱臼

全治3ヶ月でシーズン中途中で強制終了。

肩脱臼で手術

21歳、肩の脱臼を繰り返し悩んだ末手術をした。

全治6ヶ月で辛いリハビリ期間を過ごした。

頚椎脱臼骨折

22歳、アメリカにてジャンプの撮影中に首の脱臼骨折をした。

ドクターヘリでカリフォルニア州からネバタ州に搬送され緊急手術。

奇跡的に後遺症が残らなかった。

不幸中の幸いだった。

しかし、首の中に一生の宝物を貰ってしまった。

現在も大切に首の中に保管してある。

腸閉塞で手術

23歳、日々の食生活やレールにて腹部強打など様々な原因によりカナダで腸閉塞になる。

便が出ない辛い入院生活の末、腸のバイパス手術を行う。

2年連続での海外手術となり、周囲に心配と迷惑を掛ける。

3年間で3度の手術は精神的に相当辛かった。

スノーボードを続けるかも悩んだが周りのみんなのサポートで継続することができた。

その後は大きな怪我はなく現在に至る。

支えてくれてる方々には感謝しかない。

ありがとう。

最新の滑りはこちら

Ocean Pacificのプロモーションビデオにて最新の滑りが見れます。

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